中学校でも、小学校時代と同じようないじめを受けました。
物を隠されたり壊されたり、暴言、無視、仲間外れといった嫌がらせが続きました。
私ができる対策として、毎日担任が確認する生活日誌に事実を長文で書きました。
担任は迅速に対応してくれ、提出したその日のうちに加害者から謝罪がありました。
しかし、形だけの謝罪ではまた繰り返されるのではないかと心配でした。
そのため、私は相手と距離を取り、担任もイベントなどで配慮してくれました。
結果、それ以降その人とのいざこざはなくなりました。
私は控えめでおとなしい性格で、表に出るのが苦手でした。
そのため標的にされやすかったようです。
さらに別のグループからもいじめを受け、1年の間に2つのグループから攻撃されました。
私は幼少期から「我慢すること」を教えられて育ち、言い返すこともなく、ただ耐えていればいずれ終わると考える癖がついていました。
しかし、それが周囲からは「反撃してこない弱い存在」と見なされ、いじめの標的にされる原因になったのだと思います。
学校生活では、いじめや仲間外れ、あだ名でのからかいが当たり前のように存在します。
私は「もし生徒が夢中になれる活動があれば、他人を傷つける暇はなくなるのではないか」と感じます。
特に、同じ教育を受けさせられている環境では、どうしても同質化が進み、暇を持て余す生徒が他者を標的にしてしまうのではないでしょうか。
私の中学生時代、1990年代は今よりも教師の権限が強く、時には厳しく、手が出ることもありました。
手を出すのはよっぽどのことがないとでませんが、そこにはちゃんとした指導の熱というか魂が入っていました。
今の先生たちはとても優しくなった分、時に生徒に対して無力感を抱えることもあるように感じます。
先生方の立場が難しいことは理解していますが、いじめを防ぐための適切な指導が必要だと思います。
いじめを受けた当時、私は親に相談しませんでした。
親からの反応は想像できたからです。
「お前が弱いからいじめられる」とか「やり返せ」と言われて終わりになると分かっていましたから。
話が長引き、結果的に私が悪いと責められるのが目に見えていたため、担任に頼ることにしました。
そして、事実を保護者会で知ってもらうことが、自分にとって最も安全な対処法と考えたのです。
母が保護者会に出て事実を知り、父には伝えないこと。
それが自分にとって一番平和的な解決方法でした。
いじめに遭うのは本当に辛いことで、学校へ行く気力がどんどん失われます。
不安に押しつぶされ、次第に消極的になり、自分一人で状況を打開する力など到底ありません。
私には担任の先生という救いの手がありました。
それがあったからこそ、何とか乗り越えられたのだと思います。
担任も人間なので対応もその人次第になります。
きっと私は運が良かったのでしょう。
ただ、いじめを受けた記憶は一生忘れられません。
加害者は「遊び半分」でやったことを忘れても、被害者の私は一生その傷を抱えて生きていくのです。
弱者に合わせた世界を求めるわけではありませんが、勘違いした「強者」にはしっかりとした指導がなされ、弱者には支えと安心が提供される学校や社会であってほしいと強く願っています。
近年、保護者が子供の教育に対して非常に高い関心を持つようになり、学校に対する要求が増えています。
その結果、教師が生徒に対して指導を行う際にも、保護者からのクレームが発生するリスクが高まり、教師が指導に慎重にならざるを得ません。
このような状況では、教師が規律を保つための指導を行いにくくなり、権限が徐々に失われていきます。
学校教育において、教師の行動に対する規制が年々厳しくなっていると思います。
例えば、体罰禁止や過度な叱責の禁止は、生徒の人権を守るために必要ですが、これが行き過ぎると、教師が生徒に適切な指導を行うことが難しくなります。
現代の生徒はインターネットやSNSを通じて多くの情報に触れて育ち、自分の権利意識が高まっています。
これにより、教師からの指導に対して反発したり、疑問を持ったりする生徒が増えているとおもいます。
また、家庭環境や社会背景の多様化により、教師が一律のルールで指導することが難しくなっているように見えます。
解決策を自分なりに考えますと、まず必要なのは教師の指導権限と責任を再定義し、学校内での位置づけを明確にすることでしょう。
教師が安心して指導できる環境を整えるためには、学校と保護者が協力して、教師の指導方針を尊重する文化を作ることが重要です。
例えば、保護者との対話を通じて相互理解を深める機会を増やし、学校全体で生徒の成長をサポートする体制を築くことが必要です。
学校への抗議ばかりではなく、各家庭が仕事や用事で忙しいのはわかるがもう少し協力的になり、教育現場の声に耳を傾けて行動していくことも大切かと思います。
加えて、教師が安心して生徒に向き合えるよう、メンタルヘルスの支援体制を強化することを提案したいです。
教師が専門的な知識を持ち、教育現場でのリーダーシップを発揮できるよう、継続的な研修やスキルアップの機会を提供することも効果的です。
これにより、教師が自信を持って指導に取り組むことができ、結果として生徒の信頼を得ることができると考えます。
生徒の主体性を育てる教育アプローチにシフトすることも重要でしょう。
教師が一方的に指導するのではなく、生徒自身が考え、行動する力を養うような教育環境を整えることです。
例えば、探究型学習やプロジェクトベースの学習を取り入れることで、生徒が自主的に課題に取り組む力を育成することができます。
生徒のモチベーションが向上し、教師と生徒の信頼関係も強化されるとおもいます。
教師の権限の弱体化には、社会の変化や教育現場への負担が大きく影響していると考えます。
改善するには、教師が教育指導に専念できるよう業務負担を軽減し、保護者や地域社会と連携して教育の質を向上させる必要があります。
つまり、もっと良い意味でもっとみんなで学校へ入り込んでいく必要があるのではと思うのです。
あと、教育モデルとしては、主体性の育成と心理的安全性を重視し、コミュニケーション能力を高める教育を求めたいです。
このような包括的な取り組みによって、教師の権限と教育の質を回復し、次世代の健全な育成が可能と考えます。
もう一点。
事務方が現場寄りの考えに近くなってくれるといいのではないでしょうか。
会社でも、政治の世界でも、教育でも、どこでも言えそうな話ですが、もっと現場を見ること、現場を知ることが大切だと私は思います。
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